アフィアメーション:ゲイ・アンド・レズビアン・モルモンズ(Affirmation: Gay and Lesbian Mormons)というサイトを紹介します。
「アフィアメーション」のウェブサイトにようこそ。「アフィアメーション:ゲイ・アンド・レズビアン・モルモンズ」に関心を持っていただき感謝します。私たちは、性別や性的指向に関係なく、全ての人のたましいには価値があると信じる人々の組織です。私たちは人生を謳歌しています。私たちは、私たち・・・ゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーを悪であると信じさせようとする圧力を拒否します。私たちは自分たちの性別や性的指向が呪いではなく、祝福であるという観点に立っています。この中にはLDS教会の会員でなくなってから長い年月がたった者もたくさんいますが、それでも偉大なモルモン文化の一部であることをうれしく思っています。私たちは、末日聖徒の信仰を持つ活発会員、元会員、非会員からなるひとつの家族です。(紹介サイトの文章より)
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2005年2月18日、ニューヨーク・タイムズは以下のように報道しました。
ゲイおよびレズビアンの団体から批判されているアメリカ医療協会(AMA)の会長は、木曜日(2月17日)、ゲイ学生グループの活動を禁止する決定をしたローマカトリック教会系の医療スクールを擁護した自分の発言が、ある新聞記事で引用され、その中で自分の意見がゆがめられて伝えられていると発言した。
ニューヨークの「ザ・ジャーナルニュース・オブ・ホワイトプレーン」によれば、ジョン・ネルソン博士はニューヨーク・メディカル・カレッジ(NYMC)がおこなった禁止措置を、ブリガム・ヤング大学の決定と同じように見なしていると言う。ブリガム・ヤング大学はレイプ事件で告発された4人の元フットボール選手を出場停止にするとともに、モルモン系列の学校は学内でカフェインの入ったソフトドリンクの許可を取り消している。
ゲイ・レズビアン医療協会の執行責任者であるジョエル・ジンスバーグは、ネルソンの比喩は同性愛問題を矮小化し犯罪視するものであるとして、彼の組織に対する不満を爆発させ、「彼のコメントは不適切であり人を傷つけるものです」と言った。
ネルソンは、2月12日の記事の中で自分のコメントが「はなはだしくゆがめて伝えられた」との声明を木曜日に出し、「記事を読んで気分を害したならばいかなる人にでも謝罪したい」、しかしその記事は「私の意見やAMAの方針を示すものではない」と言った。
問題となっている新聞の上級管理編集者をつとめるシンデー・ロイルは、リポーターはインタビューをテープ録音していいるが、ネルソンもAMAも訂正を要請してこなかったと語った。
「我々はまさにこの出来事の側に立っているのです」とロイルは言った。
AMAは、ニューヨーク州ヴァルハラのローマカトリック教会管区に属する医療スクールがゲイ学生グループの活動を禁じた措置を支持しない、と言っている。
リポーターであるキース・エディングの記事によれば、ネルソンが言ったのは、ゲイは尊厳と尊敬をもって遇されねばならない。しかしゲイ学生の人権は、プライベート・スクールが独自の方針をたてる権利とバランスのとれたものでなければならない、という内容である。
「たとえば、あなたがブルガム・ヤング大wに行くとしましょう。私の息子は行くかもしれませんがね。あそこではしてはいけないことがはっきりしているんです。学内でコカコーラは飲んではいけない、それはルールに反するからです」と発言したと書かれている。
それから、BYUの元フットボール選手の出場停止に言及し、「彼らはチームをやめろと言われているそうだ。大切なことはルールには従わなければならない、ということです」
とネルソンが発言したと書かれている。
NYMCの学生で、ゲイ学生グループの会長をつとめるジョシュア・サハラ(27)は、ネルソンのした比較は攻撃的である、このグループはゲイの健康に関する問題を支援しているが、昨年秋、その名前を「医学界のゲイ、レズビアン、バイセクシャルおよびトランスジェンダーたち(Gay, Lesbian, Bisexual and Transgender People in Medicine)」と変えた後で活動を禁止された、学生をサポートするグループに変わりは無かったのに、と言った。
NYMCのスポークスマン、ドナ・モリアティは、以前の名称であれば同性愛問題を強調しすぎることはなかった、学校は差別をしているのではない、しかし「カトリックの伝統の中ではその独自性を守り抜く」権利があるのだ、と言った。(ニューヨーク・タイムズ 2005年2月18日)
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2005年2月17日、ニューヨーク・タイムズは以下のように報道しました
多妻婚主義者としてユタ州で最大規模のものの一つ「アポストリック・ユナイテッド・ブレザレン」の頭首オーエン・オーレッドがソルトレーク市郊外のブラフディールの自宅で月曜日(2月14日)、死去した。91歳だった。
彼の死は息子のカールによって発表された。
オーレッド氏のグループはおよそ6千人と推定され、ブラフディールを拠点としている。集団生活を営み、末日聖徒イエス・キリスト教会の創始者であるジョセフ・スミスの本来の啓示を信奉していると言う。
多妻婚は1890年にモルモン教会によって廃止された。当時、大管長であったウィルフォード・ウッドラフは、神から多妻結婚を行う時は過ぎ去ったと啓示を受けたと言った。それ以降、教会は多妻婚の実行を支持する者を破門してきた。その中には60年以上前に破門されたオーレッド氏も含まれる。
オーレッド氏は、教会をユタにおける社会的地位を獲得するために多妻婚をあきらめたのだと非難してきたが、2000年には(多妻婚の)禁止には賛成であると言った。
彼はその生涯のうちに8人の妻を持ち、23人の子供と、25人の継子、200人以上の孫を持っていたと推定される。ブラフディールのもう一つの場所につづく4軒の家に妻たちを住まわせていた。オーレッド氏は2002年、ニューヨーク・タイムズのインタビューで次のように語った。「世間の人々は私たちが若い娘を餌食にする "時代遅れの変人(old-time kooks)" だと悪評を持っています。私に言わせれば、私の罪は、最も若い妻が64才で、最年長の妻が93才だということです。」
「2人の妻を持つためには2倍良い男であることが必要です、一人の妻を持つことでもそうなのならね」と彼は付け加えた。「私たちは、男性には自分の家族を支えていけるという能力を示すことを、女性には同意できる年齢であることを、課しているのです」という。
カール・オーレッドは、彼の父の後継者がラモイン・ジェンセン(教会の十二使徒定員会で2番目に年長)であると言い、最年長の人物はそのような義務を引き受けるにはあまりに虚弱であると自ら感じているようだ、と説明した
オーエン・オーレッドが破門された後、彼と彼の兄弟はそれぞれの家族を維持するためにコミュニティを確立した。彼の兄弟ルーロンがイービル・レバロン(対抗するグループの多妻結婚者の頭首)によって射殺されたとき、オーエンは自分のグループにより生ける予言者と称された。
1998年、不道徳行為の告発が彼のグループに向けられたとき、オーレッド氏は当局に協力して、「アポストリック・ユナイテッド・ブレザレン」は見合い結婚(arranged marriages:この文中では、当事者の合意によらず周囲の意図によって結婚させることを指すと思われる)や、親族間の近親婚には反対していると指摘した。
2003年3月には、「ブレザレン」のメンバーが1989年の不動産業務において女性から154万ドルをだましとった民事訴訟の判決が下され、この女性は、補償と利息分を合わせて300万ドル以上を与えられた。この裁判では、オーレッド氏が数千ドルをロンダリングしたと判断された。
2002年のインタビューにおいて、オーレッド氏はこれらの事件について自己を弁護をしている。「私は、まったく邪悪な人物ではありません」
彼のモルモンとしての血統は強い。曾祖母であったオリッサ・ベイツは、北部ニューヨーク(モルモン教誕生の地)でジョセフ・スミスとともに大陸横断の旅に出ており、スミスが暴徒の襲撃を受けて死んだイリノイ州ノーブーで、1846年にウィリアム・M・オーレッドと結婚した。そしてイリノイ州からユタ州までの旅の途上で、祖父バイロン・H・オーレッドが生まれている。
オーレッド氏の父、バイロン・H・オーレッドJr.は、教会の長老として名を知られ、アイダホ州下院議長であり宣教師でもあった。
自分の家族を育て上げることについて、オーレッド氏は、2002年のインタビューでこう語っている。「それは、簡単でなかったと、申し上げておきます。家で8人以上の子供を持つものではありません」 (ニューヨーク・タイムズ 2005年2月17日)
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2005年2月16日、ニューヨーク・タイムズは以下のような死亡記事を報道しました。
ユタ州内の一夫多妻主義者の中で最大のものの一つであった教会の指導者、オーエン・オーレッドが死去した、91歳。
月曜日(2月14日)、ソルトレーク市ブラフディール近郊に拠点を置き6千人のメンバーをもつ「アポストリック・ユナイテッド・ブレザレン」のオーレッド会長が死去。
「父が私たちの民とともに生涯の目標であったことは、この地の法律を守るよう教えることでした・・・仲間に仕え、利己的な人ではありませんでした」と息子のカールは語った。
カール・オーレッドによれば、彼の父の後任は、この教会の十二使徒定員会で2番目の年長に当たるラモイン・ジェンセンである。最年長の人物は時代遅れの上、健康上の問題を抱えているので責任を受けるのにふさわしくないと思う、ジェンセンは定員会の一致により選ばれた、と火曜日に彼は語った。
オーエン・オーレッドは自分の兄弟であるルーロン・オーレッド博士が、その前任であるイービル・レバロン(多妻結婚カルト集団の頭領であり少なくとも24件の殺人に関与していると信じられている)の支持者によって1977年に射殺されてからこの教会の指導者の職を引き継いだ。
1988年にキングストンの教会で不道徳行為の訴えが浮上したとき、オーエン・オーレッドは州当局へ面会を申し出、「ブレザレン」は見合い結婚や親族間の近親婚には反対しており、そうした行為は他の多妻結婚集団で見受けられるものだと指摘した。
しかし自分の教会で実行された複数の結婚については決して謝罪しなかった。
オーエン・オーレッドは末日聖徒イエス・キリスト教会を、国家の地位を得るために連邦政府に歩み寄って多妻結婚を捨てたと非難していた。しかし2000年には、国による多妻結婚の禁止を支持すると言った。
多妻結婚は1世紀以上も前にモルモン教会によって捨てられ、それを支持する会員は破門された。しかし、ユタ州で数万人、西部で約3万人がその実行を続けていると見積もられる。
「ブレザレン」の指導者と会員が1986年の不動産取引で女性から154万ドルをだまし取ったという民事訴訟の判決が2003年3月に下されており、訴えていたバージニア・ヒルには154万ドルに加え、利息分として180万ドル以上が与えられた。
また、裁判官はオーレッドが数千ドルをロンダリングしてさらに盗みを意図していたと判断し、オーレッドにヒルへ3万ドルの損害賠償を支払うよう命じた。 (ニューヨーク・タイムズ 2005年2月16日の死亡記事)
2005年2月9日、Stars and Strips は以下のように報道しました。
ソウル - アメリカ第8軍の発表によれば、先週、東大門のモルモン教会の外で弾薬が発見されたことにより、在韓米軍は基地外部の宗教活動に出席することに関して警告を発した。
この警告は日曜日、アメリカ第8軍司令官チャールズ・キャンベル中将により発せられ、在韓米軍に所属する者は軍施設外部にいる間、特に宗教活動を行う場合は充分に注意を働かせよと命じている。
第8軍司令部が日曜日に発表した内容によれば、金曜日、韓国の警察当局は東大門にある末日聖徒イエス・キリスト教会により安全を脅かされることとなった。
韓国警察が79発の、7.62 mm x 39 mm弾を同教会付近で発見したのだという。この弾薬は教会につづく路地で発見されたと、月曜日の午後、電話で応対した人物が答えている。
当局は、韓国の警察がこの事件の調査を行っていると言った。(Stars and Strips, Pacific edition, 2005年2月9日)