モルモン教会の考察
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※この図は、モルモン教会の分裂した流れの中で、特に人数的に大規模であり、長期に渡って存続しているものにのみ着目しています。 実際にはこれ以外にも多数の小さな分派が発生しています(特にジョセフ・スミスの暗殺直後)。 ただし、長く続いたものや会員数の大きく増加したグループはあまり多くありません。

 

             
 
ジョセフ・スミスJr
Joseph Smith Jr.
・1820年、モルモン教会を設立
・秘密裏に多妻結婚を始める。
・奴隷解放論者ではなかったが、黒人に神権を与えることは容認。
 
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1844年、ジョセフ・スミスの死後、教会の継承を巡り分裂
(実際には多数の分派が出現した)
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ブリガム・ヤング
Brigham Young
・1847年、モルモン教徒の大多数を率いてユタ州へ移住、大管長として支持される。
・多妻結婚を公けに開始。
・黒人への神権授与を強く否定し差別的思想を確立。
 
ジョセフ・スミス3世
Joseph Smith III
・ジョセフJrの息子。
・1860年、自分を支持するメンバーらと「復元末日聖徒イエス・キリスト教会」を設立。
・多妻結婚の教義を拒絶。
・黒人への神権授与は否定せず。
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ジョン・テイラー
John Taylor
・1880年、ヤングの後継者として大管長に就任。
・多妻結婚を固持し、連邦政府と対立。
 
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モルモン原理主義者
・多妻結婚を継承。
・ウッドラフに従うモルモン会員を神の制度を棄て堕落した者とみなす。

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分
裂
 

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ウィルフォード・ウッドラフ
Wilford Woodruff
・1889年、大管長に就任。
・1890年、多妻結婚を廃止するという公式の宣言を発表。
(実際は宣言後も数年間、メキシコなどで多妻結婚を継続していた)
 
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モルモン原理主義者
拠点:ユタ州、アリゾナ州、カナダなど
人数:数万人(詳細は不明)
多数のコミュニティが存在し、それぞれが抗争、分裂、融合を繰り返している。
末日聖徒から原理主義コミュニティに改宗する者も多い。
原理主義者全体を統括する存在はなし。
 
末日聖徒イエス・キリスト教会
拠点:ユタ州ソルトレーク
人数:1,100万人
指導者:ゴードン・B・ヒンクレー
現在、多妻結婚の賛同者は破門される。
1978年、黒人会員に神権が授与されることとなった。
女性会員に神権は与えられない。
 
Community of Christ
(復元イエス・キリスト教会)
拠点:ミズーリ州インディペンデンス
人数:25万人
指導者:W・グラント・マクマリー
1984年、女性会員にも神権が授与される。
モルモン独特の要素は減少してきている。

 

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